埼玉県警人権侵害

浦和地方裁判所川越支部・決定



平成一二年(つ)第一号
決        定
 
住居 埼玉県川越市 ○○
請 求 人 ○○○○
 
 右請求人の石川昌彦、上山岩夫及び氏名不詳の警察官数名を各被疑者とする特別公務員職権濫用等被疑事件について、浦和地方検察庁川越支部検察官がした不起訴処分に対し、請求人から刑事訴訟法二六二条一項に基づく付審判の請求があつたので、当裁判所は次のとおり決定する。
 
主        文
 
 本件請求をいずれも棄却する。
 
理        由
 
一、本件請求の要旨
 請求人は、平成一二年一月四日、埼玉県警察本部地域部鉄道警察隊に勤務する警察官である石川昌彦、上山岩夫及び氏名不詳の警察官数名を各被疑者とし、いずれも特別公務員職権濫用等の罪で浦和地方検察庁の検察官に告訴したところ、同検察庁川越支部検察官は、右被疑者らをいずれも不起訴処分に付し、請求人は同月二九日にその旨の通知を受けた。しかし、請求人は右処分に不服であるから、右事件を裁判所の審判に付することを請求する。
 
二、本件被疑事実の要旨
 石川昌彦、上山岩夫及び氏名不詳の警察官数名は、埼玉県警察本部地域部鉄道警察隊に勤務する警察官であるが、共謀の上、平成一○年一○月一日、埼玉県大宮市錦町六三〇番地所在の同警察隊取調室において、軽犯罪法違反の被疑者として請求人を取り調べた際、同日午後三時ころから同日午後六時三〇分ころまでの間、帰宅を望んでいる請求人に対し、「自分の行為が軽犯罪法違反に該当するという事実を認め、今後同様の行為を行わないと供述すれば帰宅を許すが、しなければ帰さない。」旨執拗に申し向けて脅迫し、よつて、その間、請求人を同取調室から退去することができないようにし、もって、その職権を濫用して請求人を監禁したものである。
 
三、当裁判所の判断
1、 一件記録によると、次の事実が認められ、その認定を覆すに足る証拠はない。、
 
(一) 本件被疑者としては既に氏名が判明している司法巡査である前記石川昌彦(以下、石川巡査という。)と警部補である前記上山岩夫(以下、上山警部補という。)のほか、請求人がいう埼玉県警察本部地域部鉄道警察隊に勤務する氏名不詳の警察官数名とは斎藤隆夫警部(以下、斎藤警部という。)、遠藤精治及び岩崎覚の両巡査部長と認められる。
(二) ところで、石川巡査は、平成一○年一○月一日午前九時前ころ、埼玉県大宮市錦町六三〇番地所在の前記鉄道警察隊に出勤するため、同県川越市脇田本町三九番地一九所在のJR川越駅に赴き、発車待機中の川越線大宮方面行きの電車に乗車して発車を待っていると、請求人が同電車内において、JR東日本企画が掲示したたばこの宣伝ポスター二枚にそれぞれステッカーを貼り付けたのを現認した。
(三) そこで、同巡査は、請求人を器物損壊事件の被疑者と認め、最寄りの川越警察署に同行を求めて事情聴取等の取調ベを実施するため、請求人に対し、警察官であることを告げて、同駅で降車を求めたところ、請求人がその日会議のため午前九時四〇分ころまでに大宮駅に到着したいということだったので、その都合を考え、請求人に対し、JR大宮駅にある鉄道警察隊まで同行するよう要求すると、請求人は右同行を承諾した。
(四) 請求人は、石川巡査とともに同日午前九時一五分ころ、前記鉄道警察隊のJR大宮駅構内に設けられた事務室に到着し、石川巡査や上山警部補から取調室に入るよう促されたが、同室が狭いので隊長室がいいなどと言い入るのを渋つていたものの、そのうち石川巡査らに説得され同室に入つた。
(五) その後石川巡査は、その取調室の扉を開放した状態で、同室に置かれた机を挟んで同室の奥側に請求人を座らせ、その前の同室の出入口側に石川巡査が座り、まず請求人の人定事項の確認を行うため、請求人に対し、身分証明書の提示を要求して、請求人から○○○○大学発行の顔写真付きの氏名、生年月日等が記載された職員証の提示を受けるとともに、その住所を聴取するなどし、身元の確認ができた。
(六) そこで、同巡査は、請求人に対し、前記のステッカーを貼った行為が器物損壊罪に該当する旨説明し、証拠品であるそのステッカーの提出を求めたのに対し、請求人はそれを拒否し、そのステッカーは自分の物であることなどを申し立て提出を拒否していたが、石川巡査がさらに説得すると、同日午前九時三五分過ぎころ、その提出に応じたので、そのステッカーが前記犯行に供した物と同種の物であることなどを確認した後、請求人の面前で任意提出書を作成し、それに署名するよう要求した。
(七) すると、請求人は、石川巡査に対し、どのように扱うのか質問してきたので、そのステッカーを同巡査が写真を撮影し提出者の意見に従って返還することなどを説明すると、その任意提出書の提出者の処分意見欄に記載し、署名してそのステッカーを提出し、同日午後に再度出頭するようにとの石川巡査の要請に応じることを約束し、同日午前九時四五分ころ前記事務室を出た。
(八) その後石川巡査は、同日午後一時三〇分ころ、請求人が再度鉄道警察隊事務室に出頭してきたので、取調室において、ドアは開放された状態のまま前同様に座らせ、事情聴取等を再開することにしたが、請求人が昼食を食べていないというので、持参した昼食を食べさせながら事情聴取等を開始することにした。
(九) そして、石川巡査は、まず請求人に対し、午前中に任意提出を受けたステッカーの還付手続きをするため、請求人にステッカーを返還すると、請求人がそれをバッグにしまったので、引き続き、請求人に対し、還付請書にその署名を求めたところ、請求人がその請書にあらかじめ被疑者として請求人の氏名等が記載されていることなどに納得せず署名を拒否するので、一般的に還付手続きではあらかじめ被疑者名等が記載された還付請書に署名をしてもらつていることなどを説明したが納得しないため、やむなく、請求人にステッカーを返還しながら、その還付請書に署名が貰えないまま被疑事実についての事情聴取を進めることにした。
(一〇) そこで、石川巡査は、同日午前中に請求人を帰した後、同人の被疑罪名について鉄道警察隊内部で検討したことに基づいて請求人を軽犯罪法違反の被疑者として事情聴取をすることにし、そのころ、上山警部補も加わり、請求人に対し、ポスターにステッカーを貼った事実を確認すると、請求人がそれを認めたので、請求人の行為が軽犯罪法違反に当たることを説明するとともに今後同じ行為を繰り返さないよう説得したところ、請求人は自己の行為が同法違反に当たる犯罪になることを争い正当性を主張して納得せず、今後も同様の行為をすることなどを主張し続け、事情聴取は一向に進展しなかった。
(一一) そのため、鉄道警察隊では、請求人のそれまでの言動などから、当日引き続き請求人に対し事情聴取を実施することは困難と考え、請求人に身柄引受人を付して帰宅させることにした。
(一二) そこで、石川巡査らは、請求人に対し、その妻を身柄引受人にできないか尋ねると、妻は私を監督できないなどと言って拒否するような言動をしたので、同日午後二時ころ、結局請求人が勤務する同県○○町所在の○○○○大学に電話連絡をし、請求人が○○をする○○学教室の○○である○○○○(以下、○○という。)に身柄引受人になることやすぐに前記鉄道警察隊に来ることの承諾を得た。
(一三) そのころになると、石川巡査らと請求人の犯罪の成否等を巡る議論も話題が尽き、以後堂々巡りの情況となつていたが、そのような中で、請求人から上山警部補に対し、帰宅したいとの申出があつたが、同警部補は○○が身柄引受人として来ることになつたので、それまで待つように要求し、請求人を同室に在室させることにし、その間請求人は石川巡査らと雑談していた。
(一四) 鉄道警察隊では○○が到着するのを待っていると、前記の電話をしてから二時間程経過した同日午後四時過ぎころ、同人が事務室に到着したので、会議室に案内し、斎藤警部と石川巡査が、同人にそれまでの事情を簡単に説明し、最後に身柄引受書に署名して貰った後、請求人を同室に案内し、帰宅させょうとしたところ、請求人はその身柄引受書の文面を見て、○○に責任をとれるのかなどと強く迫ったため、同人の立場を考えて最終的にはその場にいた警察官に白紙に請求人の納得のいく文面の身柄請書を作成させた後、同日午後六時三〇分ころ、請求人を○○とともに鉄道警察隊事務室から帰宅させた。
 
2、 右事実によると、本件は、請求人が電車内のたばこの宣伝ポスターにたばこの健康被害を訴えるステッカーを貼り付けたため、それを現認した鉄道警察隊の警察官である石川巡査が請求人を軽犯罪法違反等の関係法令に違反する被疑者として同警察隊の事務室に同行を求め証拠品の任意提出を受けた後、その同意を得てその日の午後からも引き続きその出頭を求め、事情聴取を実施するうち請求人の言動などからその事情聴取を続けることは困難と思い、請求人に身柄引受人を付し帰宅させることにし、同人に電話連絡をして、同人がその事務室に到着するまでの時間と、同人が到着してからも、同人にその間の事情を説明し、請求人の身柄を引き受けさせて身柄引受書に署名を貰い帰宅させるまでの相当の時間、請求人を取調室等に在室させているものの、同巡査らのこれらの措置は全く問題がないわけではないが、警察官の職務として違法不当とまでいえず、ましてや、これが特別公務員職権濫用罪又は公務員職権濫用罪に当たるものといえないことは明らかである。
 ところで、請求人は、本件請求に当たり、石川巡査らから請求人の行為が軽犯罪法違反に該当するという事実を認め、今後同様の行為を行わないことを認めなければ帰宅を許さない旨執拗に申し向けられるなどして脅迫された旨主張するが、この点については請求人の供述以外それを裏付ける証拠がない上、前記三1で認定した事実、とりわけ、石川巡査らは、同日午前中にも請求人の意向を尊重して事情聴取を打ち切り請求人を鉄道驚察隊の事務室から帰らせていること、さらに同日午後再度出頭した請求人の身柄を身柄引受人に引き受けさせ、帰宅させるため同日午後二時ころには前記の○○に電話連絡し、同人が右事務室に到着して、同人から身柄引受書の提出を受けると、請求人を帰宅させている客観的事実に照らすと、石川巡査らの本件被疑者とされる警察官に、鉄道警察隊の取調室に請求人の身体をことさら引き留めて、逮捕、監禁する意思があつたことを到底認めることができず、請求人の前記主張はそのまま信用することはできない。
 
3、 したがって、以上検討したところによると、請求人の告訴に対し、その被疑事実について、被疑者らをいずれも嫌疑なしとして不起訴処分とした検察官の判断は相当である。
 なお、請求人は、石川巡査らの行為が脅迫罪、強要罪及び監禁罪にも当たる旨主張し、本件請求をしているが、これらの各罪は刑事訴訟法二六二条一項所定の付審判請求の対象となる罪には該当しないから、これに対する請求は法令上の方式に違反する不適法なものである。
 
4、 よつて、本件各請求はいずれも理由がないか又は法令上の方式に違反するものであるから、刑事訴訟法二六六条一号によりいずれも棄却することとし、主文のとおり決定する。
 
平成一二年三月一五日
 浦和地方裁判所川越支部第一部
 
           裁判長裁判官 榊   五十雄
              裁判官 高 橋 祥 子
              裁判官 池 田 聡 介
 
右は謄本である
前同日同庁
裁判所書記官 阿部荘輔



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