福島県の子供の甲状腺癌多発議論、現状での批判(2015年10月23日)
 
※(超音波検査によってこれまでの知識からは考えられない程多くの甲状腺癌が見つかっていることについての議論。ここで「見つかっている」「発生している」を区別して使わないと(発言、若しくは理解しないと)議論が混乱する。実際、混乱している。)
 
原因は放射線か
現在、これについて
@第20回福島県「県民健康調査」検討委員会(平成27年8月31日)
(http://www.pref.fukushima.lg.jp/sec/21045b/kenkocyosa-kentoiinkai-20.html)
が行われ、別に
A岡山大学津田敏秀教授の論文
("Thyroid Cancer Detection by Ultrasound among Residents Aged 18 Years and Younger in Fukushima, Japan: 2011 to 2014" )Epidemiology ? Volume XX, Number XXX, XXX 2015
https://www.google.co.jp/url?sa=t&rct=j&q=&esrc=s&source=web&cd=3&cad=rja&uact=8&ved=0CDQQFjACahUKEwisuuDBqNXIAhUhOKYKHVK2DlI&url=http%3A%2F%2Fousar.lib.okayama-u.ac.jp%2Ffile%2F53646%2FEpidemiology_2015_1005.pdf&usg=AFQjCNHuVwKYUk-PwWAcb1A7RCNWNJRCxg)
及び外国人特派員協会での記者会見
(http://www.ourplanet-tv.org/
が相反する2つの意見である。
 
 
 超音波検査によってこれまでの知識からは考えられない程多くの甲状腺癌が見つかっていることについては両者に異論がない(ここで注意すべきは、多くの癌が見つかっていることに異論はないが、多くの癌が発生しているのかどうかについて、意見が分かれていることである)。異なっているのは、@ではこの原因が原発事故による放射線曝露であるとは考えられない(したがって、多く見つかっているのは多くの癌が発生しているのではなく、これまで(発生しているにもかかわらず)見つけられなかった癌が見つけられているに過ぎない=スクリーニング効果)と結論し、Aはこの原因が放射線曝露である(したがって、多くの癌が発生している)と結論していることである。
 
これらの判断の根拠は次のとおりである。
@
1.福島ではこれまでの知識で甲状腺癌が多数発生するとされている程の放射線曝露は起きていない。
2.チェルノブイリほど多量の放射線曝露は起きていない
3.チェルノブイリでさえ放射線曝露後4年までは甲状腺癌の多発はない。
4.多発はスクリーニング効果で説明できる。
 
A
1.癌登録から得られる日本全体の甲状腺癌罹患率から求められる有病率と比較して(外部比較)福島の有病率は20-50倍である
2.福島県を小区分(9区分)してそれぞれの有病率を比較すると(内部比較)、曝露線量の低い地域に対して高い地域の有病率は2-3倍である。
3.チェルノブイリで放射線曝露後4年まででも甲状腺癌の多発は起きている。
4.20-50倍はスクリーニング効果で説明できないほどの多発である。
 
 
2つの意見の問題点を指摘する。
@-1.2.3.は要するに、(チェルノブイリと比べて)放射線曝露量が少ない、だから放射線の影響で多数発生するはずはない。というものであり、調査によって得られたデータ(発見された甲状腺癌の頻度:有病率)から考えたものでなく、事故前の知識と放射線曝露量の推定値に基づいての意見である。県民に不安を与えたくないという意図があるにしても、科学的(疫学的)な論理ではない。疫学の基本は頻度の比較であり、頻度に格差があったらその格差の原因を考える。頻度に格差があるはずがないと考えているのであれば、調査の意味はない。甲状腺癌は主要に内部被曝の影響である。委員会が信頼している内部被曝の量は信頼に値するほどきちんと測定されていない虞がある。
@-4スクリーニング効果で説明できるのかどうか、これこそが問題であって、この結論はAとの対立点である。Aへの批判で述べる。
 
A-1.4.外部比較で問題になるのがスクリーニング効果である。「20-50倍はスクリーニング効果で説明できないほどの多発である」と結論するのは難しい。会見で津田教授は「スクリーニング効果はせいぜい一桁(10倍以下)」と述べているが、多くの癌がそうであっても、甲状腺癌は特にこれにあてはまらないことが考えられる。甲状腺では(死亡時点で)無症状の癌を持つ者が(高齢者では)30%を越える場合があったとの報告があり、福島の場合子供であるからそのまま比較することはできない(子供の場合、もっとずっと低いことには疑いがない)が、例えば30%の有病率は福島で観察された最大の有病率(全国値と比較して50倍であるとされた)605/1000000の約500倍である。A-2.内部比較はスクリーニング効果を排除できる手段である。ここで格差があったとしているが、ここで高かったのは中等度曝露(汚染)地域で、最高度曝露地域はこれより低い。さらにこれらの格差はいずれも統計的に有意ではない。積極的な根拠としては薄い。放射線曝露量にしたがって有病率が高くなっていると言える結果ではない。放射線による格差であっても矛盾は無いと言える程度である。
 
 議論を整理すると分かるが、両者は、それぞれの結論(放射線曝露の健康(甲状腺癌罹患)影響が認められないという結論と、認められるという結論)を支持する(都合の良い)事実(福島で起こっている事実とチェルノブイリ他の過去の事実、経験)を集めている。本来、ここでは当面、これらの事実から因果関係を解釈することではなく、福島で起こっている事実:福島で、あるいは福島県内の高度曝露地域で、通常(曝露が事故以前程度の地域)よりも甲状腺癌の「発生」頻度が高いかどうかだけを検討、議論すれば良いのである。必要なのは一点、(放射線曝露効果でなく)スクリーニング効果だけで説明できるのか、についての検討である。@はできるとしている。根拠は何もない。むしろ放射線の影響がないという結論(チェルノブイリの知識からの演繹)から、だったらスクリーニング効果しかないといっているに過ぎない(結論からその根拠を得ている:逆)。Aはできないとしている。根拠はやや曖昧である。
 
 
疫学の欠点
 疫学は疾病頻度の比較をする。疫学は頻度の格差の存在を明示(証明)する。真の格差であることを示そうとする。そのために疫学はその格差が真の格差とは違う(バイアスと呼ぶ)可能性を厳格に考察する。いい加減な疫学調査は結論を出しやすい。厳格な疫学調査は欠点(バイアスの可能性)を明確にする。厳格にいえば、完璧な調査、完璧な結論は(ほぼ)不可能である。
 この(福島の)場合、スクリーニング効果の否定(スクリーニング効果を除外した、真の罹患率格差の判定)をいかに厳格にするかが大きな問題であり、これが今日の課題である。
 ここで疫学の欠点というのは、疫学がその論理、方法に従って、厳格にすればするほど結論が出しにくい。ということである。
 
 疫学が、現実社会で役に立つためには、ある程度の(適当な)ところで結論を出す必要がある。放射線の影響によって甲状腺癌の過剰発生がどれほどあるのか、その大きさ、問題の重大さに応じて、それなりの曖昧さ、不確定性、バイアスの可能性を残していても自らが得た結論を公表するのが正しい。
 提出された結論について、その妥当性を大いに議論するのが良い。その意味でA津田教授の今回の論文は歓迎されるべきである。